5 海外路上デビュー!? 前編

三月下旬、とうとう最終目的地のシドニーに無事たどり着いた僕はインターネットで知り合った、シドニー郊外の自宅で日本人のホームステイを受け入れている日豪夫婦のしおりさんを尋ねることにした。   オーストラリアに滞在できる期間が3週間と短かったのでホームステイはせずに単に遊びに、そしてある約束を果たすためにしおりさんの家に向かいました。 その約束とは、ジャグリングを見せることです。

◇ホーンズビーのしおりさん

シドニーの中心部から電車に乗って一時間のところにしおりさんの家があるホーンズビーがある。 はじめて電車に乗ってみると、中はやっぱり広い。 しかも、二階建てで席は進行方向に対面していて、まるで新幹線みたいなツクリ。  席が豊富にあるわりには人気(ひとけ)がないのが少し気になったが、大きい荷物の僕には好都合だった。   有名なシドニーの観光スポットであるハーバー・ブリッジを通って電車は快適に進む。景色と電車を楽しんでいるうちに、あっという間にホーンズビーに着く。 駅を出て、しおりさんに連絡をいれる。  メールや電話をしているとはいえ、初対面なので緊張ぎみで待っていると、小柄な日本人女性がやってきた。   しおりさんである。  ひさしぶりに日本語で自己紹介をして、彼女の家に向かう途中でふと、「もしかして、小柄に感じたのはこの国のサイズに慣れたからなのかな?」と思った。  しおりさんは丁寧な口調でとても喋り易く、“先生”のような印象を受けた。  駅から10分弱で家に着き、ワクワクしながら玄関のドアを開くと、そこには何足もの靴があった。 そこでホームステイを受け入れていることを思い出して再び緊張。 サンダルを脱ぎリビングに通じるドアを開けると、なんと目の前にはドラムセットが置いてあった。  これにはおもわず感激して、夜に叩かせてもらおうと思ったほどでした。    家にはシュアメイト、つまりホームステイしているひとの一人、ひろしさんがいて自己紹介と握手をした。 彼はまだ引っ越してきたばかりで部屋の整理ができていないらしく、少し話をするとまた部屋に帰って言った。 シュアメイトには個室と相部屋が割り当てられていて、僕はとりあえずリビングに荷物を下ろす。  一息つき昼食をすませて、僕は探検としおりさんにみせるジャグリングの練習するのを兼ねて町に出かけた。

◇歩いてみれば…

天気もよく、行くあても土地勘もないのでどこに行くのか、自分の気分次第。  適当に歩いていると、テニスコートやらバスケットコートやらある場所を発見し、そこに入っていくと人が誰もいない。  公園にしては何か変だし、学校みたいな建物がある。 これはもしやと思って建物の廊下をこっそりとのぞいてみると人気(ひとけ)がない。 調子に乗って進入しようとしたけれどなにか気が引けたのでやめ、別の出口から出て振り向いて建物をみてみると、こんな表札が飛び込んできた。 な、なんとそこは“女子高”であった。  ほっと胸を撫で下ろすと同時に、その場所を早急に離れるように歩き出した僕。  何も悪い事はしていないのに、すごく恥かしい気分だった。  そのあとは建物の表札に気をつけながら、市民プールのそばを通ったり、お菓子屋でアーケードゲームに挑戦したり、普通の住宅街で見つけた猫をじっと観察して、しまいには写真を撮ったりしながらジャグの練習ができそうな公園を探した。

「猫との遭遇」
  〜なかなか見かけなかったので思わずパチリ〜

 涼しくなってきた頃、やっと「Waitara oual」という大きな公園を発見し、奥に進んでいくと芝生の生い茂ったグラウンドがあった。  何人か子供が遊んでいるのを確認して、安心してここで練習をすることにした。  夕飯までの時間は少ない。  メルボルンの“ジャグルアート”で買ったばかりのボール3個を手に練習開始し、軽く汗をかいたところでお得意のシガーボックスに手を伸ばす。 すると、近くで遊んでいた小学生ぐらいの女の子が興味津々で近づいてきたので、彼女の方を向いて簡単な技を見せるととても興奮して、元気な声で他の友達を呼び出し、たちまち10人ぐらいに囲まれてしまった。  とりあえず、全員をジェスチャーと片言の英語で芝生に座らせてジャグリングを見せると、最初はみんな興味があるから集中して見入ってくれていた。 しかし、そのうち「サーカスのひとなの?」とか質問されたりそっぽ向いてしまったりして、終いにはとうとう興味が抑えきれずに行動になってみんな「やりたい。やりたい」となってめちゃくちゃ。 個人的にはそのほうが面白かったからそのまま色々遊ばせといた。 ただし、おニューのボールには細心の注意を払いながら。 ジャグを教えたり、一緒にボール投げたりして遊んでいると、たまに日本語が飛び出してくるので、たずねてみるとみんな日本人とのハーフやクウォーターで、学校で日本語を習っているらしい。  そのうち彼ら彼女らの姉さんとかがきて、帰るようにと呼びかけていたがみな一向に帰ろうとしない。  それどころか姉さん達の手を引っ張ってきて、俺の芸を見るように勧めていた。  姉さん達は制服を着ていたのでたぶん高校生ぐらいで、当然僕を警戒していた。 ちらっと、さっきの“女子高”が頭に浮かんだが、それを振り払い高校生が感心しそうな技を2〜3見せると、ピクリとも動きがない。 その目は「ふーん。そんなのもあるんだ。それで」と語っているようでした。 どうやら、姉さん達のガードを破れるほどのインパクトは無かったみたいでした。  敗戦の後、姉さん達と帰るのかと思いきや、遠くのほうでなにやら議論していて、とうとう姉さん達は愛想をつかして帰ってしまいました。  だんだんと空が薄暗くなり、グランドの照明が点き始めたで、最後に記念に僕のノートにみんなの名前を書いてもらい、握手して別れるときに「また、明日もくる?」と聞かれて非常に嬉しい反面、何も答えらずに手を振ってその場を離れた。  夕食の時間に間に合いそうになかったが、必死になって暗くなった道を走った。


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