3 マダムと俺
◇入国して                    
                    

 これは日本を離れて初めて降りたブリスベン国際空港でのできごと。 成田空港ではあれほど不安に押しつぶされそうになっていた僕も、飛行機で席が隣になり、すぐさま友達となった日本人の森屋さんがいるおかげで余裕を取り戻し入国手続きを無事に済ませて一息ついた。  彼は海外二度目でしかも ニュージーランドに8ヶ月ホームステイしていたので英語は問題なく、機内でもスチュワーデスの英語に的確に対応していた。 当然のことだけれど、何から何まで日本とは違う、まわりには“外国人”しかいない。 いや、今は自分が“外国人”なんだと。  シガーボックスやらクラブやらが詰まった赤いザック(大きい登山用のリュック)を背中に背負い、空港のインフォメーションセンターに二人で向かった。 機内であれこれ計画を練って僕は長距離バスをメインの移動手段にすることにし、走行距離を計算して2,000kmの“キロパス “を購入するために。 

「バスの路線図 (実物)」
 〜 to バイロン・ベイ  (BYRON BAY) ,  〜 from  ブリスベン  (BRISBANE) 〜  
◇ザセツ
                     

 まず、森屋さんがゴールドコーストまでのバスのチケットを買う流れを観察してから、列に並んでどのように話そうか考える。 行き先は森屋さんとは違うバイロン・ベイという所だが、キロパスは行き先自由で、問題となるのは走行距離だけなので移動のたびにバスのチケットを買う手間が省ける。 そのうち僕の番がきて、受付のマダムと目が合う。  綺麗な金髪に少し白髪まじりだが、金縁の眼鏡の奥には生き生きとした目が光っていた。  すこしはにかみながら、日本語英語で2,000kmのキロパスが欲しいことを話す、いや伝える。  英語が通じたのかどうか疑心暗鬼でマダムの行動を伺っていると、少しするとマダムはすごい勢いで英語を喋り始めた。 少なくとも僕にはすごい勢いに感じられた。 何がなんなのかわからない、動揺も入り混じって単語ひとつも聞き取れないまま、頭の中が真っ白になってしまった僕に唯一理解できたことは、長蛇の列になりつつあることを気にしてマダムが焦っていることだった。  一度、その場をあきらめて長い列を進めた。    
                 

                     
◇ザセツ2
                      

 荷物を預かってくれている森屋さんのもとに戻る。  心配そうに見ていた森屋さんは「最初はみんなあんな感じだよ」と励ましてくれた。  英語ができないことは旅でネックになるのは十分承知してきたつもりだけれど、実際に 経験してみると、言葉の壁の“高さ”がわかる。  追い出した不安がまた顔を出し始める。   インフォメーションの列が落ち着き始めてきたのを見計らい、森屋さんに英語を確認して、再びマダムの前に立つ。 こんなことでへこたれていたら、これから生きていけないと自己奮起させて、、、。  マダムは僕の顔を見ると「sorry」とさきほどのことを謝った。 僕は当然のことだと思っていたので、その気使いがすごく嬉しかった。 これで気をよくし、落ち着いてもう一度キロパスが欲しいことを伝えた。  しかし、現実はそんなには甘くなく、再びマダムから色々と英語が返ってきた。 やっぱり、さっぱりわからない。  必死になってマダムは僕に何かを伝えようと何度も試みるが、そのうち僕が全く理解できてないことを悟り、受話器に手を伸ばした。 「ちょっと待つように」というジェスチャーをされて、見かねて森屋さんが助けに来てくれた。  そのとき、空港内に放送が流れ、誰かが呼び出されていた。  森屋さんがマダムに話すと、どうやら日本語と英語を話せるスタッフを呼び出したということだった。 しばらくすると、空港内で働く日本人のひとがやってきてマダムと話し出した。 どうやら、マダムはキロパスを買うと損になり、ひとつひとつバスを乗り継いでいくほうが得であることを説明していたらしい。  マダムは僕にかなり親切なことを話していてくれた。   結局、目的地であるバイロン・ベイまでバスのチケットを購入しようとしたが、英語ができないことで様々な人に迷惑をかけてしまったことで、さらに落ち込んだ僕は、急に心細くなり、森屋さんと一緒にゴールドコーストに行くことにした。 そしてゴールドコーストまでのバスのチケットを買ってその場は納まった。  (ちなみに、ゴールドコーストはバイロン・ベイに行く途中にある有名な観光地である。) 
                 

                     
◇やっと…
                    

 空港のロビーのイスでバスを待っていると、ちょうど出発してしまったので次が来るまでゆっくりしていた。  不意にインフォメーションのマダムが目に映った。  僕はマダムに嫌な思いをさせてしまったことが気になって、そして、僕の無知がマダムの親切心とかみ合わなかったことがはがゆくって仕方なかった。 あの「なんとかしたいんだけれども、、、」というコマッタ顔が頭から離れないので、テレホンカードを購入することにした。 売買の流れを知るためと、この“はがゆさ”を乗り越えるために、もう一度マダムの前に立った。 「アイ ウォントゥ バイ トゥエンティーダラーズ ホンカード」。 マダムは今日はじめて優しい笑みを浮かべて、コアラの写真の20A$テレホンカードを差し出した。  思わず感謝の言葉が僕の口から飛び出した。   

                     
*A$(オーストラリアドル、1A$=70円前後)

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